|
ありがとうございます。
とっても寂しいのですが、慣れ親しんだexciteブログから引っ越さねばならなくなりました。 新しいアドレスは、「http://hbs-seijun.blogspot.com/」です。 これからはこちらを参照してください。 ありがとうございます。 清潤拝、 ![]() # by hbs-hiro | 2007-05-14 22:40
ラジオ番組の収録のためにアメリカを横断していた。しかし、時間がないことでは日本と同じだった。一つの場所でじっくりと取材をしたり研究したりする時間がなく、次から次へ、東へ東へと移動していかなければ帰国のフライトに間に合わない。メンフィスは素晴らしい街。しかし、味わっている時間はなかった。車に乗り込んで、番組を収録しながら移動していかなければならなかった。そして、何よりこれからの移動距離はもっとも長い。次に止まるのはワシントンだと決められていた。となれば、その夜は車の中ということで、夕方から朝まで走り続けなければならなかった。西部の乾いた風景から中南部の牧草地帯となり、東側にくれば緑豊かな山々の風景。 問題なのはドライバーだった。免許取り立ての兼子くんは、すでにアリゾナからテキサスの直前道路であやうく事故を起こしそうになったため、この旅の中では免許停止とした(あくまで住職の判断)。この事故未遂、実は彼が悪かったのではなかった。フラフラとお年寄りの車が前に割り込みをしたと思ったら、突然右側のガードレールに衝突。巻き込まれそうになったわけだが、あわや大惨事になるところを何とか無事にやり過ごしたのである。しかし、その時はみんなでホッとして胸を撫で下ろした直後、「隆ちゃん、カルマ的に悪いし、お知らせだと思うので、車の運転は控えた方がいい」となった。現薫師も車の運転をし始めるとスヤスヤ眠る癖があって、寝不足であるとなかなか任せられない。眠るために運転を交代するのだが、ハンドルを握っていない方がドキドキして眠れないのだ。「現薫師、起きている?」と、運転している現薫師に聞くのだから恐ろしい。ウトウトして運転しているわけではないだろうが、「起きてます」と真面目に答える現薫師も現薫師。とても良い思い出だった。そして、夕方から隆ちゃんは車の後ろでスヤスヤと眠る。いや、眠るのを隠そうとしていて、なんだか変な格好で寝ていた。 ![]() # by hbs-hiro | 2007-05-14 18:30
ちなみに、ひろし君がおへそを曲げると面倒なので、サン・スタジオでの物マネについて付け足しておきたい。
どうやら、ファンからするとあの場所に立ってエルビスの物マネをするのはひろし君に限ったことではないらしい。全世界・全米中からメンフィスのサン・スタジオに来て、あのマイクの前でポーズを取るのが決まりなのだ。 このおじさんも、そういう観光客の一人。すてきなおじさんだった。 ![]() # by hbs-hiro | 2007-05-14 13:44
小泉首相が退陣する前に、彼はメンフィスを訪れ、大好きだというエルビスの家を訪れた。そこで小泉首相がブッシュ大統領らを前にしてエルビスの物まねをしていたニュース映像が記憶に新しいだろう。
ひろし君の求めによって、私たちもエルビスの家を訪れていた。大きな屋敷だったが、家を取り囲む塀のらくがきの多さにはビックリした。ちょうど閉館間際だったことと時間がなかったことから中に入ることはしなかったが、ひろし君はエルビスを紹介した看板の前で写真を撮ってご満悦だった。 ![]() # by hbs-hiro | 2007-05-14 13:40
サン・スタジオの部分で、「南無妙法蓮華経の仏教」は「音」というようなことを書いた。何を言っているのか分からない方のために、風邪の身体にムチを打って書き足してみたい。妙深寺報の巻頭言・eyesでも書いたことなので、それからコピペしようと思うが。
仏道修行には大きく分けると、「口唱(チャンティング・Chanting)」と「禅定(瞑想・メディテイション・Meditation/ミュージィング・ Musing)」という二つの修行がある。古来からキリスト教では、イエスやマリアを想う修行「瞑想」があり、それに呼応して「禅(ZEN)」は西欧で広く受け入れられた。しかし近年になって、むしろ「口唱」に強い関心が寄せられてきている。 都会の喧噪の中に生きていれば、静謐を得られる瞑想や健康志向の好みに合うヨーガの方が現代人に親しまれやすいのかもしれない。お祖師さまの出身国である日本で、口唱(チャンティング)の価値や妙味が忘れられているとすると、残念だ。 口唱も禅定(瞑想)も、ブッダ釈尊の覚りの世界に共鳴しようとする修行に他ならない。その智慧(ブッダの覚り)や果報(修行の成果として得られるもの)をいただき、もう一段上の自分を求めている。多くの人は、眼が開いていても見えていない、木を見て森を見ず、森を見て木を忘れるという悪循環を繰り返す。ある意味で全て虚像(バーチャル)に右往左往している状態と言える。これでは、単に知覚できていないのではなく「生きていない状態」であるから、ブッダ釈尊の境地に近づき、真の知見を得て生きる、軽快な心と体を得て、不安や迷いから解放されようと願うのである。仏道修行では、森羅万象が一つに結ばれていることを知り、宇宙が自分と直結して力を与えてくれているという体験をすることになる。 世界中の人にこのような体験が出来れば、真の幸福や平和が訪れ、人々が心豊かに生活できるに違いない。それこそ仏教の目的である。 禅定(ZEN)は、菩提樹の下でブッダが覚りを得たということから重要な仏道修行として認識されてきた。臨済宗の栄西上人は「教外別伝・不立文字」を立て、御経文は月をさす指(覚りをさす指)として、脇に置いた。経文や文字を用いず、「以心伝心」で坐禅による自己の本性こそ仏そのものであるとした。 曹洞宗の道元上人はさらに一歩進めて「只管打座」を掲げ、ただひたすらに坐禅に打ち込むことが最高の修行であるとした。しかも瞑想をも否定し、坐禅はその遙か先にあり、「無」を感得し永遠に坐禅し続けることを教えている。 ニューエイジ系ワークショップ(瞑想教室)では、より開放的で気軽なものもある。しかし、結果流行のサプリメントと同じように長続きせず、ごちゃ混ぜの修行で迷いを深めたという声の方が多い。第一、果たしてブッダ釈尊の真意がそこにあるかという疑問は残る。 目的は同じでも、御題目口唱(「ナムミョウホウレンゲキョウ」と口から唱えだし、唱え重ねること)はこれと完全に異なる。それは真の瞑想・禅定であり、ヒンドゥーと同化したものでもヨーガでもなく、仏教そのもの、シャカムニブッダの教えそのものである。 世界的にブッダの真意を求める動きが活発になり、当然法華経と口唱に関心が集まるようになった。なぜなら、その法華経を最も体現された方こそ、極東の国、日本に現れたお祖師さま(日蓮聖人)であり、その御生涯と教えを聞けば、現代の私たちにとって御題目口唱こそ、ブッダが法華経に遺された唯一の修行であると認識できる。 そもそも、瞑想は危険を伴う。宗教的エリートやある程度の準備や環境が整わなければ本来は完成されない。瞑想をして危険な状態になることは周知のことである。天台大師が魔事境や病魔境と述べられたのはこのことで、恐怖感や心がスッと何者かに乗っ取られてしまうことすらあるだろう。元来、根底で共有する部分があっても、「教え」が忘れられているからだ。 チベット仏教のニンマ派では、「倍音声明(オーバー・トーン・チャンティング)」という修行が伝えられている。集団で「ウ」→「オ」→「ア」→「エ」→・・・と連続的に発声し密度の高い振動を起こして音を倍加し、自己内外の活性化を図るというものである。 あるいは、観音菩薩の名を唱え、「南無阿弥陀仏」や「ギャーテーギャーテー…」という般若心経の陀羅尼(呪文)や空海が唱えたと伝えられる虚空蔵菩薩求聞持法の真言など、口唱行(口業)の効能に着目した修行を挙げれば切りがない。「声塵為経」などと難しい話をしても仕方がないが、口唱は仏道では最重要の修行に違いない。 心は、なかなか一つにならない。当然、ブッダ釈尊と私たちの心が一つになることは極めて難しい。ブッダのおられた時代は、教えは「説かれ」「聞かれた」のである。その後、御経文にブッダの言葉は写され「読まれた」。世界各地に置かれた梵鐘は、ブッダの発する「音」「声」と考えられてきた。「声、仏事を為す」がマントラを唱える所以である。私たちの声はブッダ釈尊の声そのものとなり、ここでブッダと私が一体となる。 しかし、そのままでは口唱行は、どのような言葉を唱えても良いということになる。仏教でなくても良いということになる。そうではないのだ。 法華経に説かれたブッダ釈尊の御法門は、特に後半に至りブッダ滅後の人々に対して説かれている。 根元の法を示され、それを伝える人を明らかにされ、滅後二千年後の人々の能力に合わせた修行法を託された。この法華経に於いて根元の法を託された御方、聖なる「音」「声」を伝えられた方こそ、私たちのお祖師さまなのである。 そのブッダ釈尊の「音」「声」は「南無妙法蓮華経」という音声に極まる。至極の「口唱(チャンティング)」とは、この御題目を唱えることに他ならない。 瞑想は、どこまでも個人の修行、内面に向かう修行である。口唱は外に向かう、他と一つになる修行。経文を無視し、盲目に修行しても共鳴する相手を間違える。口唱は、本質的に謙虚であり、現実世界に活かす、真実の仏道修行である。瞑想を提唱する人の中には、最後のブッダの説法「自灯明(自己を島(灯明)とせよ)」を用いて、他に依存せず瞑想せよと勧めるが、ブッダは続けて、「法灯明(法を島(灯明)とし他のものを拠り所とせずにあれ)」と説かれたのだ。法を否定して、ブッダ釈尊の世界に共鳴できようはずが無い。 口唱は誰でも出来る。リズムに合わせて、御本尊に声をお供するイメージ。チャンティングは国境を越え、言葉の壁を越え、音として一つになる。それは自分の心を一つにし、人と人を一つにし、全ての人を一つにすることが出来る。まるで「音楽」の持つ力と同じように。 # by hbs-hiro | 2007-05-14 13:36
メンフィスのロレイン・モーテルを出た後、ひろし君とディレクターの憲史くんの強烈なリクエストによりサン・スタジオに行った。私はそれまでサン・スタジオなるものを知らなかった。というよりもエルビス・プレスリーに魅力を感じたことがなかったのだ。世代の違いなのか、ひろし君にとってはロックンロールの聖地とやらで、訪れることになった。ラジオの番組としてもその場所は外せないらしい。 確かに訪れてみると歴史を感じさせる煉瓦造りの建物で、世界中からファンが押し寄せているということが分かった。お店の中で働いている人も相当の人たちで、驚いたのはジョン・レノンのそっくりさんが働いていた。私はジョン・レノンの大ファンであることから、こちらの方に感激した。 ![]() ここは、1950年に地元のDJで音楽プロデューサーでもあったサム・フィリップスが、レコーディングの出来ない貧しいミュージシャンたちのために開いたスタジオだった。誰でも4ドル払えばレコーディングできる。それがサン・スタジオだった。メンフィスだけではなく才能豊かなミュージシャンたちがここでレコーディングし、メンフィスの音楽を全米に広めていった。そして、このスタジオでエルビス・プレスリーはサム・フィリップスによって見出された。そして、かのロックンロール伝説が生まれていったという。そこには、エルビスが歌ったというマイクやステージがあり、ディレクターの憲史くんの交渉によってスタジオの方から丁寧な説明まで受けたのだった。ビートルズ、そしてジョン・レノンも、エルビスに多大な影響を受けて曲を作っているし、そのルーツともいえる場所に来れたことはとても幸せなことだと思った。カウンター越しに店員の方がギターを弾いていて、そうした自然な音楽のある風景に見とれた。 音楽は、本当に大切。歌詞が分からなくても、難しい理屈など必要なく、あっという間に国境や人種を越える。音楽には本当に力がある。それは「音楽」であり「音」ともいえる。仏教が哲学や論理ではなく、「音」であると捉える「南無妙法蓮華経の仏教」の究極の教えにも通じると思えた。 しかし、ひろし君は悪ノリをして、エルビスに成りきってしまったことに、開いた口がふさがらなかった。仏教徒?ロッカー?果たして、、、、。 ![]() # by hbs-hiro | 2007-05-14 13:21
この場所で歴史が確かに動いて、全世界が嘆き、悲しみ、挫折や絶望の中から明日への希望をつないだのだということを教えてくれる写真が飾ってあった。実際には、この直後にブラック・パワーのカーマイケルが「白いアメリカはキング博士を殺した。我々に宣戦布告をしたのだ。銃を取れ」と言い、全米100都市以上で暴動が起きた。死者46人、負傷者3500人、逮捕者1万人を超えたという。また、公民権運動はキング牧師の暗殺の直前にほぼ達成の粋を迎えていたという意見もある。彼が黒人問題だけではなく人種を越えてアメリカ社会の底辺にいる人々を救うために「貧者の行進」を計画したことから人々が離れていったという説もある。たしかに、アメリカの人々は幻滅を味わっていたのかもしれない。精神も良心も疲れ切っていて、非暴力抵抗運動は理想的過ぎると敬遠されるようになり、冷めた空気や諦め、そしてより過激な活動家が頭角を現していた。以後、多くの時間を費やして、キングの夢の欠片は実現に近づいてきた。キングの死は、多くの人にとってアメリカ社会を検証する指標となった。 私は11才で最初に米国を訪れた。その後、何度となく米国を訪れ、旅をして、白人・黒人問わずに友人と交流してきた。その頃の私には、米国の公民権運動は教科書の1ページに過ぎなかった。仕事をしている時、マーケティング会議に米国から出席するお偉いさんは黒人の方で、心から尊敬していたし、実際に頭を下げていた。 しかし、そう。こうした社会が築かれ、根付いてきたのは、こうした運動が、ほんの数十年前まで続いてこそ実現したのだ、と。米国のカラードと呼ばれる人たちは、この日の「絶望」から、「絶望」を「希望」に変えて、歩み始めたのだから。 いや、実際には実現していない。いまはまだ見せかけの平等なのかもしれない。プロパガンダの一部を見て、遠くの私たちは「平等」と感じているだけかもしれない。中途半端な見識ではこうした活動家に叱責を受けそうだ。第一、キングの見ていた夢は、黒人のためだけの運動ではなかった。文字通り、あらゆる人間の「公民権」へと昇華していたのだから。 しかし、こうして学ばせていただいてよかった。御回向が出来て有難かった。二度と忘れない。この場所から感じたこと。 これを糧にして、人間社会の在るべき姿、ブッダの説かれた「人間」ということ、その尊さ、価値に思いをはせたい。本来、難しいことなどないのだ。カラードの一人として、そう思う。 ![]() # by hbs-hiro | 2007-05-13 23:44
キング牧師の最後の演説の言葉を刻んだ博物館の前の扉。めにするもの全てが、人権について考えさせられる場所だった。そして、玄関ホールにも大きなモニュメントが置かれてた。
# by hbs-hiro | 2007-05-13 23:31
アダム・スミス的な発想のままの米国人が多いのではないだろうか。いや、そんなに考えていないかな。みんな田舎のバーで飲んでいるか、ソファーで衛生テレビを見ているかな。
しかし、米国を横断していて、つくづく感じたことは、これでは、誰も京都議定書に調印はしたくならないなぁ、ということ。大自然が身近にあるから。ゴアがよっぽど大きな声で訴えでもしないかぎり、「国富論」の中でスミスが言ったように「富も資源もいくらでもあるから、投資機会を平等に与えてみんなで獲得競争すれば、非常にうまくいきますよ」というような感覚ではなかろうか。 # by hbs-hiro | 2007-05-13 23:19
1968年4月4日、午後6時、黄昏のこのモーテルのバルコニーで、キング牧師は凶弾に倒れた。今でもコロンバイン高校やバージニア大学での銃乱射無差別殺人事件が起こり、銃社会アメリカの暗部について報じられているが、9.11のテロと同じように恐ろしい政治的なテロ、暗殺などが立て続けに起こっていた1960年代。彼の前日の演説。それは、あらゆる宗教の枠を超えて、宗教者がある高みに到達した時に発せられる言葉だと思う。 「前途に困難な日々が待ってます。でも、もうどうでもよいのです。私は山の頂上に登ってきたのだから。 私も長生きがしたい。長生きするのも悪くないが、今の私にはどうでもいい。神の意志を実現したいだけです。神は私が山に登るのを許され、私は頂上から約束の地を見たのです。私は皆さんと一緒に行けないかもしれないが、ひとつの民として私たちはきっと約束の地に到達するでしょう。今夜、私は幸せです。心配も恐れも何もない。神の再臨の栄光をこの目でみたのですから。」 もちろん、仏教徒として異論はある。「神の意志」あるいは「約束の地」「ひとつの民」など、キリスト教の教えが、そもそも選民思想を持ち、苦しむ原因、DNAを持っていたのではないか、と。そう言いたくなる箇所もある。しかし、ここで言うべきではないだろうと思った。彼は偉大な宗教家、活動家であったと思うし、人々のために大きな壁を、信仰を力に変えて実現に導いた人なのだから、と。 「神の再臨の栄光」が何だったのかは分からない。現実、彼に寄り添った者たちはキング牧師のこの夜の行動を細かく記録しているから、それに関連したことなのだろうか。しかし、それも俗っぽくてここで述べることでもない。 とにかく、このバルコニーを部屋の内側から眺めて、その場所に向かって御題目をお唱えさせていただいた。 ![]() # by hbs-hiro | 2007-05-13 22:09
|